牧師コラム
「喜びの種になろう!」
命のあるものは成長が止まると退化する。例えば、人間の身体は成長が止まると退化が始まる。体力が低下し、視力が落ち、消化能力も悪くなる。それが自然法則だ。
信仰も成長しないと退化する。霊性も悪くなるし、信仰も弱くなるし、神への愛も薄くなる。礼拝も祈りも疎かにしてしまう。つまり、信仰が変質してしまう。堕落してしまう。
信仰が成長せず退化する人は、神様の悩みの種になってしまう。子供が時間が経っても成長しないと親は悩み、心配するのと同じく、神様も成長しない聖徒のために悩み、心配される。
初代教会にもそのような悩みがあった。「実際、あなた方は今ではもう教師となっているはずなのに、再び誰かに神の言葉の初歩を教えてもらわねばならず、また、固い食物の代わりに、乳を必要とする始末だからです(ヘブル5:12)」
信仰が成長しなかったため、霊的な子供になってしまったのだ。
子供は弱い。寒さにも、暑さにも弱い。また、すぐ諦め、すぐすねる。自分の思い通りにならないと怒って何もしない。
幼い信仰者も同じだ。小さな苦難にも倒れてしまう。自分の思い通りにならないとすぐ諦め、協力しない。
それはとても残念だ。なぜなら、その人は神様の深い恵みを体験できないまま終わるからだ。
「乳を飲んでいる者は誰でも、幼子ですから、義の言葉を理解出来ません(ヘブル5:13)」
神様の御心は私達の成長だ。なぜなら、この世には、まだやるべき働きが沢山あるからだ。私達が成長すれは、その働きを神様は私達を通してされる。神の御心を行い、神の国を建てる偉大な事を私達を通してされるのだ。
それゆえ、私達は成長するため努力しよう。自分を打ち叩いて主に従ったパウロのように、自分を訓練し、鍛練しよう。その者に神は聖霊の知恵と賜物を与えてくださる。御国の為に用いて下さる。
願わくは、私達皆が神の喜びの種になるように。