牧師コラム
代弁者
2週間の神学大学院の授業が終わった。韓国から四人の先生方が来られて一時間、一時間熱心に教えて下さった。労を取って下さった先生方に心から感謝を捧げる。
何回か授業に参加して恵まれたが、一つ、もどかしさを感じた。通訳のためでだった。もちろん、日本語、中国語、ベトナム語で熱心に通訳して下さって感謝だったが、少し惜しかった。感じたことを二つでまとめてみた。
1。メッセージと通訳者の通訳が一致しなければならないことだ!
最初、大阪の通訳の姉妹がとても緊張したようで、なかなかメッセージ通りの通訳が出来なかった。何度も大切なところを抜かしてしまった。それが証であれば大した問題はないが、福音の時には大問題だ。福音の本質が歪曲されるからだ。すると、人々が間違った事を覚えてしまい、間違った信仰者になることさえある。だから、通訳者はしっかりメッセージを聞き、その通りに伝えなければならない。
そういう面ではメッセンジャーも同じだ。神の御言葉通りに伝えなければ、人々の信仰が間違ってしまう。そして、これは皆にも当てはまる。
第二コリント5:20には、私達はキリストの使者、天国大使、とある。つまり、神の御心を世の人々に伝える通訳者だ。ならば、私がしっかり神の御心を聞き、伝えるなら、私を通して多くの人が救われるようになる。けれども、きちんと伝えなかったら、その福音は人を救うことが出来ない。だから、私達も良く耳を澄ませて神の御心を聞き、悟り、正しく伝えるべきだ。
2。通訳者はメッセンジャーのメッセージを邪魔してはいけない。
メッセンジャーと通訳者の語り合うバランスが崩れるときがある。通訳者が通訳に手間取る時だ。待っても通訳が進まないと、メッセンジャーは通訳が終わったと思い、次の話をする。すると通訳者は慌ててメッセージの途中に、前の通訳をする。すると全体の流れが崩れる場合がある。そしてそのアンバランスがしばらく続くと、その時のメッセージは一つも耳に入らない。つまり、通訳者がメッセージを邪魔してしまったのだ。
説教者も同じだ。説教者が神のメッセージを邪魔することもある。神のタイミングを逃す事がそれだ。だから、メッセンジャーは敏感な霊を持たなければならない。
また、神と人との間だけではない。人と人との間にも話がうまく伝達されなくて、困るときがある。だから、中間で言葉を伝達する人はきちんと理解して伝えるべきだ。
それが代弁者の役目である。私達みんなが神の素晴らしい代弁者となるように心から願う。