牧師コラム
「鴨川に」散歩に出た
久しぶりに「鴨川に」散歩に出た。雨の影響か、水がとてもきれいだった。川底まできれいに見えた。こんなきれいな川なら、ずっと見ていられると思った。見てて気持ち良いからだ。
南区と伏見区をまたいで流れる鴨川は普段は上から流れてくるゴミや泥で汚れていて、それほどきれいではない。ずっと見ていられるような川ではない。
しかし、大雨が降ると一気にきれいになる。雨の勢いで汚い物が一気に流れるからだ。こんな川なら、誰でも喜ぶ。見てて気持ち良い。
信仰者にもこのような恵みの雨が必要だ。きれいな心が見え、素敵な生き方が見え、思わずハレルヤと叫びたくなるようなクリスチャンとなるには、恵みの雨が必要だ。横で見てて、嬉しくて、ずっと見たくなるような、神の人となるには、天からの雨が、とても必要だ。
現代人は忙しい生活の中でいろんなストレスや不満が溜まってしまう。ゆえに、心が汚れてしまう。思いも複雑で、言葉も荒れてしまう。
すると、自分が何を望んでいたのか、何を求めていたのかが良く見えない。ただ必死に、付いていくだけで、なぜこうしなければならないか、これで良いのか、分からずに時間だけ着実に流れてしまう。
信仰によって生きたいのに、きちんと信仰によって生きているかどうかもわからない!神様の言葉も聞こえないし、神様の御心もわからない!それは、心が濁っているからだ。
だから、恵みの雨が必要だ。聖霊の油が必要だ。全てのストレス、悩み、不満不平、汚れを、一気にゲヘナまで流し込む恵みの雨が必要だ。
イエス様はこう約束される。
求めるなら、与えると。
さらにもっと強調して語られた。
「求めるものにどうして聖霊を与えないことがあるのかと。」
聖霊を求めよう。
これが信仰者が聖く生きる道だ。
見てて気持ち良くなるクリスチャンとなる秘訣だ。
誰もが「この人は神の人に間違いない」と、認めざるを得ないただ一つの方法だ。
聖霊よ、我らに惜しまずに臨みたまえ!