牧師コラム
ベテルの神様
修練会の最初の時間に開かれたところがベテルの神様だった。ヤコブが兄エサウから逃げて最初に行った所がベテルだ。ベテルは神様と人間が初めて交わった所、つまり初めに神の愛を受けた所だ。ヤコブが初めの愛の所に行った時、神様は夢の中で彼に会って下さった。つまり、神様が求めることは初めの愛だ。
黙示録を見ると、イエス様がエペソ教会を責められた。初めの愛を捨てたからだ。イエス様は初めの愛を失ったと言わずに、捨てたと言われた。初めの愛なんて必要ないと意志をもって初めの愛を捨てたと言うことだ。
つまり、私達に初めの愛が無いのは、私達の意思で捨てたからだ。
初めの愛が私の生活に邪魔になると思い、自分の意思で捨てたのだ。初めの愛のために私の時間がたくさん奪われると思い、自分の意思で捨たのだ。初めの愛のために私のやりたいことが出来ないと思い、自分の意思で捨てたのだ。私達に初めの愛が無いのは、初めの愛を盗まれたからでなく、捨てたからなのだ。イエス様はそれを悲しまれる。そして、初めの愛を取り戻すように言われる。修練会で恵みを受けた私達は、今初めの愛を取り戻そう。
初めて神様を求めていた時の、純粋な心に戻ろう。感謝を持って御言葉を受け入れた時の、謙遜な心に戻ろう。それが力ある信仰者の第一歩だ。初めの愛に戻るときに、神様の祝福にあずかる。
ヤコブが神様に出会ったのは、長子の権利を手に入れた時ではない。父イサクの祝福の按手を受けた時でもない。つまり、祝福の場所で神様に会ったのではない。
ヤコブが神様に出会ったのは、初めの愛に戻った時だ。ヤコブが神様を求めて初めの愛の場所に来たとき、神様が会って下さった。今日、私達みんなが初めの愛を取り戻すように心から願う!