牧師コラム
「受ける者と与える者の温度差」
今年、教会の標語が宣教の年だ。
コロナ禍の中で宣教の働きが止まってしまったので、もう一度宣教に力を入れるために宣教の年とした。
その第一隊が韓国宣教チームだ。雪蓮主事を中心に7人のメンバーが応募した。そして、4月に韓国の「ウリドル教会」に行って宣教することを約束し、一月から毎週宣教訓練を行ってきた。とりなしの祈り、信仰の訓練、韓国語の勉強等、多くの時間を掛け、準備してきた。彼らの努力、犠牲は大きい。彼らのとりなしの祈りは感動、感動、、、。
本当に主が彼らを用いてくださるようにと祈った。しかし、韓国宣教には大きな壁がある。ビザの問題だ!なかなか、ビザが降りなかった。その為、彼らは飛行機の切符まで切って、自分達の決意は硬いことを領事館にアピールまでした。そしてみんなが何度も大阪の韓国領事館に足を運んだ。一度不許可が降りた時には、私も一緒に領事館に行ってお願いをした。さらに「ウリドル教会」の鄭先生に頼んで、韓国から招待状まで送ってもらった。しかし、それでも結果は不許可だった。やるせない気持ちだった。
仕方なく、重い心で韓国の鄭先生に不許可の事を伝えた。鄭先生もとても残念がった。しかし、誰にもどうすることも出来なかった。
その中でとても大切な事を悟った。
「与える者と受ける者」との間には温度差があるとのことだ。
韓国宣教チームの努力、犠牲はとても大きい。さらに、彼らが支払った飛行機切符の料金だけでほぼ40万円にのぼる。また、大阪への交通費とお土産代を合わせれば、もっと多くなる。心が痛いぐらいだ。このように与える側の犠牲は大きい。
しかし、受ける側の苦痛と言えば、スケジュールの混乱ぐらいかな?!ウリドル教会を悪く言うためではない。神様と私達との関係を説明するためだ。
恵みを与える神様は、ご自分の独り子さえ十字架につけてくださった。つまり、命がけの愛を示して下さったのだ。しかし、恵みを受ける人間はその神様の愛、犠牲をあまり分からない。分かったつもりで分かってない。だから、神の恵みを大切にしない。恵みを追い求めないし、すぐ忘れる。恵みへの感謝もない。
これが「与える者と受ける者」との温度差だ。
私達は目覚めていよう。恵みの大切さを悟り、その恵みを追い求め、感謝を持って受け止めよう。ならば、神様はもっと大いなる恵みを注いでくださる。