牧師コラム
私達に求められる神の願い
聖書は全ての人が「罪の下にある」と定義している。ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです(ローマ3:9)
罪の下にあるとは、罪の支配を受けているとのことだ。つまり罪から自由がない。「罪を犯さない自由がなく、罪を拒否する自由」がない。
罪から自由に見えるだけであって、皆、罪の奴隷である。
罪は、犯さないために努力するからといって、犯さないのではない。罪の下にある人は皆、罪に対して無力だから、罪がやって来ると罪に服従するしか方法がない。罪の奴隷だから。
これがイエス様のいない世界の姿、イエス様を信じない人々の姿だ。
しかし、イエス様を信じる私達はこの罪の支配から解放されてある。
罪の法則より遥かに大いなる命の御霊の法則が私達を罪の法則から解放して下さった。「キリストイエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死の法則からあなたを解放したからです」(ローマ8:2)
だから、私達は罪を拒否することも出来るし、犯さないことも出来るし、さらに罪に勝利することも出来るのである。
それだけでなく、私達は罪に溺れている人を救うことも出来るし、福音を通して滅んでいく世界を救うことも出来る。このような能力を私達は持っている。イエス様を信じる全ての人は、自分だけでなく、人をも救う能力が与えられてある。
ならば、この力はいつ発揮できるのか?いつ私達が人を救うことが出来、世界を救うことが出来るのか?
信仰によって生きる時だ。
イエス様がこうおっしゃった!
「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである」(ヨハネ12:14)
愛する兄弟姉妹よ、もうこれ以上罪に負けないで、福音を通して信仰を持って人を助け、この世界を救うために立ち上がろう。それが今私達に求められる神の願いである。共に神の栄光のために立ち上がって頑張ろう!