牧師コラム
信仰の証
ハドソン・テイラーが中国で病院を運営したことがある。 病院を建てたパーカー博士が急用でイギリスに戻り、彼に頼んだからだ。
そして、何より病院には多くの人々が入院しており、誰かがすぐに世話をしなければならない状況だったから、医者の免許がないハドソンはやむを得ず引き受けたのだ。実は、その病院は無料で貧しい人々のために運営されていた。
問題は収入源がないということ。
パーカー博士は医師だったので、外国人を診療して収入を得て病院を運営したが、ハドソンは専門医ではなかったので収入源がない。
誰も宣教師たちの困った状況を気にも止めなかった。 そのため財政はますます枯渇していき、病院の中では噂が出始めた。この病院はもう終わりだと。
しかし、彼はまったく失望していなかった。そして、全ての必要を満たして下さる主を仰ぎ見た。唯一の資金源と言えば、それはただ祈りだった。彼は生きておられる神様を何度も経験したからだ。
しかし、祈りの答えが得られず、数日が過ぎた。
そしてある日、病院の食事を担当するシェフが深刻な話をしだした。
最後の米袋の米を使い始めたと、そしてもうすぐ米が無くなってしまうと。 テーラーは静かに答えた。
「主が私達を助けて下さる時が近づいて来たことは明らかです。」と!
そして、最後の袋の米を全部使い切る前に一通の手紙が彼に届いた。
イギリスのパーカーさんから来たものだった。
そしてその中には50ポンドの大金が入っていた。
この驚くべきニュースを聞いた患者たちは告白した。
こういう奇跡を起こすことができる神がどこにいるのでしょうか。
これが信仰の証だ。信仰の証が立つとき、人々は信仰に関心を持ち、イエス様を信じる。
信仰で生きる時、そしてその信仰が答えられると、証が生じ、人々が神に帰ってくるのです。