牧師コラム
いのちの放出
九月中旬から十月初頭まで三週間、アメリカの長女夫妻のところで恵みの日々を送らせていただきました。さて、今から二十余年前、同じく長女のところに滞在し、帰国の途上、大変な事が起きました。当時娘はケンタッキーのレキシントンに住んでいましたが、レキシントン空港からデトロイト空港へフライトし、そこから関空に向かう空路で私は機内で倒れ、しばらく意識不明に陥りました。
意識が戻ると通路に仰向けになり、私は乗客の中からの二人のドクターやフライトアテンダントらの世話を受けていました。「アー・ユー・オーライト?(大丈夫ですか?)」、「イェス・アイ・アム(はい、大丈夫です)」と答えたものの、機長の判断で緊急着陸をすることになりました。デトロイトから二時間ほどフライトしたところです。アメリカ大陸を越えればあとは太平洋上です。一人の乗客の生命の安全を期しての機長の判断でした。着陸地点はカナダのエドモントン空港です。乗客は450人。一人の乗客を助けるため、全乗客に犠牲を強いることになりました。医師、看護師、客室乗務員方の緊急チームワークも見事なものでした。空港には救急車が待ち受けていました。妻は皆さんにただ感謝をもって頭を下げ続けていました。
いよいよ着陸に向かうとき、機長から冷静なアナウンスがありました。一人の乗客が倒れたこと、緊急着陸をすること、そして「ただいまから、ガソリンを放出します」とのアナウンス。ガソリンが満タンに近い状態での着陸は危険です。倒れていた私はそのアナウンスに気づきませんでしたが、後から聞かされ、驚くやら、感謝するやら、涙がこぼれる思いでした。
たった一人の乗客のため、これだけの代価が支払われるとは!「主は、私たちのためにいのちを捨てて下さった!」(Ⅰヨハネ3・16)。ジャンボ機が、満タンのガソリンを放出するように、主は、私たちを永遠の滅びから永遠のいのちに救うために、その尊いいのちのすべてを放出してくださったのです。その後「ジャンボ機を止めた男」と言われることもありますが、私はあの緊急着陸を思う度に、救い主のいのちの放出をただただ感謝することです。